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先物取引の歴史

世界初の公認先物取引

先物取引が誕生したのは1531年にベルギーでのことです。しかし、国(江戸幕府)が公設の先物取引所を作ったのは日本が初めてでした。1730年に大阪堂島米会所が設置されました。

当時は、今とは比べものにならないくらい、農作物の生産量が不安定でした。悪いときには、収穫がほとんどできないこともあったのです。しかも、農薬を使ったりしないので、めったに大豊作にはなりません。そのため、主食の米の値段が乱高下していました。

米がとれなくても年貢は取り立てられ、農民は苦しい生活を強いられていました。それが元で、「打ちこわし」が起きるなどの問題もありました。そこで、米の価格をできるだけ安定させるために、幕府が先物取引を認めたのです。

金塊

先物取引は物価安定のツール

先物取引は、「あらかじめ決めた将来の日に、あらかじめ決めた金額と量での取引を約束する」ものです。もし約束よりも米の値段が上がっていても安く売らなくてはならないので、その場合の農家の利益は減ります。逆に、米の値段が下がっていると高く売れるので、農家の利益は増えます。

このように、多少農家の利益に損得は発生しますが、豊作・不作関係なくそこまで激しく米の価格が上下しないので、米を必要とするたくさんの人の生活を安定させることができるのです。

アヒルと金

現在の先物取引

昭和時代に入ると、経済が統制されるようになり、商品の値段を国が定めるようになったため、先物取引は消滅しました。戦後、先物取引は再開されるようになりましたが、現在の先物取引は、物価を安定させる機能が失われつつあります。資本主義が発展し、投資マネーが商品の価格に影響を与えるようになってきたからです。

その最たる例が、原油です。原油先物価格は、世界で最も注目されている先物取引です。今のほとんどの産業で、原料や燃料は原油に依存しています。

先物取引で利益を上げようとする投資家によって、原油価格の値動きが大きくなってきました。その乱高下が、私たちが使う電気代やガソリン代に跳ね返ってきてしまうので、今では物価を不安定にさせてしまうこともあり、本来の姿から変わってきてしまいました。

お金の雨